matsuyuta's Room

データの活用を考える

       
  • 2010年 6月 7日 · カテゴリー: データ、情報との付き合い方, 日記;
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    ミヤネ屋(日本テレビ)でいい言葉を聞いた「メディアリテラシー」
    最近では、学問としても定着し始めているとのこと。

    日本では、「新聞、テレビが信用されすぎる」という問題点があるらしい。
    同感である。特に政治に関連する報道だと思うのだが、
    どういう事実を根拠に報道されているのかがよくわからない。
    ただ、そういった報道が大きく世論を動かしてしまう。
    メディアリテラシーが低いということだと考える。

    たまに、討論番組にでてくる有識者の意見が、まったく議論にでてきていないものだと
    本当にびっくりする。

    日本のマスメディアは変わらなくてはならない。
    マスメディアの中から変化を起こすことはあまり意味がない。
    外部の有識者の意見と事実を広くあつめ、解釈については、
    第三者として目でバランスをもたせる。

    国民にしても、捏造、やらせ、あおりなどメディアに対して、
    厳しい目を向けなければならない。
    言論の自由、表現の自由は、マスメディアの権利ではなく、
    情報を受取る受け取る側である私たちの権利である。

    ジャーナリスト不在というのも、
    メディアリテラシーが低い原因だと思う。
    ジャーナリストは実際には、存在しているが、
    メディアをとおして一般の人の耳には
    その人達の意見が届かないことが問題である。

    よい記事、番組はある(と思う)。
    そういったものに対して、反響、反応していくことが
    受け取る側にできることなのではないか。
    もちろん、悪いものにも、反響、反応して良く必要があるのだが、
    日本人は褒めるより、けなす方が意見があつまりやすく、
    逆選択がおきてしまいそうで怖い面もある。

    日本人が日本人をもっと理解することが必要なのか?
    なんかまとまりがなくなってしまった。すみません。

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