2010年6月 のアーカイブ

バランスの崩れ

2010年6月17日 木曜日

出版社を通さずiPadに電子書籍 作家の瀬名さんら」asahi.com 2010/06\16

出版界にも、革命が起きつつある。
電子書籍は、本屋である小売店の存続に危機をもたらすといわれてきたが、
このニュースでは、出版社、編集社にも危機をもたらすことが書かれている。

インターネット通販の時と同様、「中抜き」という言葉で騒がれたが、
すべてが「中抜き」になるのではなく、これまでの「バランスが崩れる」だけである。
「バランスが崩れる」もネガティブだろうか、
もっと言い方を変えると、「付加価値のあるものだけが残る」ということである。
日本、日本文化は「変化」に対して、やはり受動的で、
能動的、積極的な姿勢を持てていない気がする。

経済が、成熟しているのであるから、
なにもしなければ衰退する。ゆでガエル状態である。
積極的に変化を取り入れていることが生き残る道である。

既存の産業が崩壊するのではない。
「バランスが崩れる」だけだ。
新規産業でバランスをとろう。

メディアリテラシー

2010年6月7日 月曜日

ミヤネ屋(日本テレビ)でいい言葉を聞いた「メディアリテラシー」
最近では、学問としても定着し始めているとのこと。

日本では、「新聞、テレビが信用されすぎる」という問題点があるらしい。
同感である。特に政治に関連する報道だと思うのだが、
どういう事実を根拠に報道されているのかがよくわからない。
ただ、そういった報道が大きく世論を動かしてしまう。
メディアリテラシーが低いということだと考える。

たまに、討論番組にでてくる有識者の意見が、まったく議論にでてきていないものだと
本当にびっくりする。

日本のマスメディアは変わらなくてはならない。
マスメディアの中から変化を起こすことはあまり意味がない。
外部の有識者の意見と事実を広くあつめ、解釈については、
第三者として目でバランスをもたせる。

国民にしても、捏造、やらせ、あおりなどメディアに対して、
厳しい目を向けなければならない。
言論の自由、表現の自由は、マスメディアの権利ではなく、
情報を受取る受け取る側である私たちの権利である。

ジャーナリスト不在というのも、
メディアリテラシーが低い原因だと思う。
ジャーナリストは実際には、存在しているが、
メディアをとおして一般の人の耳には
その人達の意見が届かないことが問題である。

よい記事、番組はある(と思う)。
そういったものに対して、反響、反応していくことが
受け取る側にできることなのではないか。
もちろん、悪いものにも、反響、反応して良く必要があるのだが、
日本人は褒めるより、けなす方が意見があつまりやすく、
逆選択がおきてしまいそうで怖い面もある。

日本人が日本人をもっと理解することが必要なのか?
なんかまとまりがなくなってしまった。すみません。

民主党の当事者意識と現場感

2010年6月2日 水曜日

鳩山総理、小沢幹事長辞任の報道があった。
今後、衆議院の解散までいくのかまだわからないが、
民主党のいう民意ってなんだろう?と考える。

とりあえず、鳩山さんは、現場感がないと感じる。
演説は、いいひとそうな印象をうけるのだが、中身はない。
民主党の中でその中身をバックアップしてくれる人はいなかったのだろうか?

結局のところ、民主党の議員全体に、当事者意識が少ないのではないか?
または、幹部に意見、議論できるような風土がないのではないか?

新しい民主党に期待したいと思う。

と思っていたが、次の幹事長は、菅さん?
えーっ。
って感じ。