matsuyuta's Room

データの活用を考える

       
  • 2009年 6月 2日 · カテゴリー: データ、情報との付き合い方; Tagged as: ,
    このエントリーを含むはてなブックマークはてなブックマーク - 事実と解釈 このエントリをつぶやくこのWebページのtweets Bookmark this on Delicious この記事をクリップ!Livedoorクリップ - 事実と解釈 BuzzurlにブックマークBuzzurlにブックマーク Share on Tumblr FC2ブックマークへ追加 Yahoo!ブックマークに登録 Googleブックマークに追加

    番組で手に取っただけで銃刀法違反容疑、びわ湖放送を捜索

    このニュースで考えるべき点は2点。
    1、銃の取扱い
    2、視聴者に誤解を与える報道
    「1、銃の取扱」については、
    猟銃を管理している人の非を正すべき。
    許可されれれば何をしていいわけではなく、
    ルールは遵守しなければならない。
    銃は触っただけでも発射されることがあるというような認識があったかどうか。
    空砲であったとしても、あってはならないと感じる。
    「2、視聴者に誤解を与える報道」
    視聴者は「触るだけなら大丈夫」のような認識を与える。
    ここから、触ってみたいと思う人もいるかもしれない。
    最近では、字幕テロップなどで、注意書き(たとえば、「特別な許可を得て行っています」)を行っているが、視聴者が、謝った認識をもつ可能性を考えてほしい。
    特に、銃など、犯罪に直結する行為であればなおさら。
    個人的には、影響力が大きいテレビ局などには厳罰があってしかるべきと
    感じたのだが、ニュースの見出しからは、
    「たったこれだけで、捜索されるの?」みたいなニュアンスを感じ取れる。
    事実に対して、情報を与える人の解釈が加えられていると感じる。
    テレビ局が、事実を伝えるとは限らない。
    事実には、情報を与える人の解釈が伴って伝わることが多い。
    そして、その解釈を事実として受け取った人がさらに解釈を加える。
    マスコミが情報を伝える場合、この解釈と事実をはっきり区別した形で情報の伝達が行われるべきではないかと感じている。
    影響力が大きいのだから。

    コメントは受け付けていません。
 
Get Adobe Flash playerPlugin by wpburn.com wordpress themes