2009年6月 のアーカイブ

貧乏は金持ち

2009年6月30日 火曜日

「貧乏は金持ち~『雇われない生き方』で格差社会を逆転する」
橘玲 著 講談社 2009/6/5
一人会社(この本では「マイクロ法人」とよぶ)を立ち上げ、
フリーエージェントとしての生き方を提案している。
いくつかの前提があってのお話のようだ。
・会社に勤めている人が、雇用契約から業務委託にスイッチすることを想定。
・政府が施行している施策を受けることができることを想定。
・会計の知識があること。
本書の中では、マイクロ法人はかなり魅力的に記述されているが、
法人の設立という部分が中心として説明されており、
会社を継続していくにあたって、どんなメリット・デメリットがあるかを
提示されていた方がよかったと思う。
私自身も、マイクロ法人が日本に増えてほしいと考えている。
だが、著者のいうマイクロ法人設立して、見かけは会社員と同じように
契約関係を変更するというのは、反対である。
また、マイクロ法人の方向性として、
タイミングがあれば、拡大の方向性をもって継続してほしいと思う。
そもそも、マイクロ法人を設立して大企業の傘下に入るのでは
やはり、「社畜」からぬけだせないのではないか?
大企業の下請けのマイクロ法人では、
「派遣ぎり」ならぬ、「下請けぎり」が何年か後におこり悲劇は繰り返されるだろう。
日本においては、大企業が強すぎるというのが問題点としてあげられる。
大企業が都合のいいように下請けを下請けのまま飼いならしていることで
経済、社会の新陳代謝が促進されず、停滞している感がある。
国も施策として打ち出すのであれば、マイクロ法人を
大企業に育てるような考えをもってほしいと思う。
であれば、強いマイクロ法人にはなにが必要か?
「ニッチ」「特化」という言葉はすぐに浮かぶが、
大企業との競争となるとなかなか難しいものがある。
やはり、ここは「地域密着」「地産地消」しかないのではないか。
選挙を前に、「地方分権」という言葉をよく耳にする。
地方自治体が全面的にバックアップ(優遇処置)して
地場産業を盛り上げていく。
地方分権がされれば、体力のある地方自治体は結構あるはずだ。
世の中の風向きがかわると、地域経済など見向きもしない大企業ではなく
地域経済と社会の荒波を乗り越えていくマイクロ法人が生まれないものかと
感じる今日この頃である。
人は大地から離れては生きていけない。
土に根をおろし風と共に生きよう。
種と共に冬を越え、鳥と共に春を歌おう。
    ~「天空の城ラピュタ」より

国民を守る軍隊

2009年6月21日 日曜日

軍隊は国民を守らない、軍隊の存在が国民の安全を脅かす

記事のとおり、
根拠なる、事実・データについて知らずに
マスコミや政治家のの解釈に
さらに国民が解釈を加えてしまっていると感じられる。
もっと具体的な事実を集めてみた方がよいかもしれない。
・軍隊は何をするのか?
・軍隊はどんな攻撃に対応するのか?
・効果はなにで、費用はいくらなのか?
・より具体的に、どういうことをするのか?
PAC3も想定外の攻撃には対応できない。
戦争って、いまからミサイルあそこに打ちますよってもんじゃないでしょ?
結局、終わりのない軍拡になりそう。
国防という名のもとに永遠に税金を搾り取られるシステムという感じ。

脱「ひとり勝ち」文明論

2009年6月7日 日曜日

脱「ひとり勝ち」文明論
清水浩 著
ミシマ社 2009/6/17

『脱「ひとり勝ち」』ってのがわかりにくい。
まぁ、それはおいといて、
読み終えたとき、明るい未来を信じて行動したくなる一冊。
金融危機、不況・・・など、ネガティブな情報ばかりが耳に入ってくるが、
私自身、情報が偏りすぎていないか?と疑いたくなる。
もう少し、バランスよく情報を集め、建設的な解釈をしていくことが
必要ではないかと感じていた。
著者の言うように、太陽電池へのについていえば、
「すぐに行動しなければならない」ことは明白。
この機会をチャンスに思っている国、人は世界にはいるわけで、
ここで、躊躇したり、間違った舵切りは、もう追いつくことのできない
先行有利を与えてしまう。
私は、ひとつの決断や行動を起こすのに、
時間がかかる人間であるが、
「発想はゼロからでも、完成品については、既知のものを組み合わせて車体を作っている」
「世論の意図が必要」
といった言葉に考えさせられた。
「すべてをゼロから自分一人作るわけではない。」ので
まず、行動する。
「なにはともあれ、自分の意図(意志?)を表明する」ことが大事。
「地球の表面積の1.5%に太陽電池パネルを貼れば、世界中の70億人がアメリカ人と同じくらいの裕福なエネルギーを使えるようになる。」ということだったので、1.5%はどのくらいかと調べてみた。
地球の表面積    509,949,000キロ平方メートル
地球の陸地の総面積 148,890,000キロ平方メートル
1.5%         7,649,235キロ平方メートル
ブラジル       8,514,900キロ平方メートル
オーストラリア連邦  7,741,200キロ平方メートル
海上にも太陽電池パネルをはることができれば、
できそう?!な気がする。
■数字的に興味のあったこと
「高校生の9割以上が世の中悪くなっていると思っている」
「古い技術が新しい技術に変化する時って、わずか、七年しかかからないんだよ」
「地球の表面積の1.5%に太陽電池パネルを貼れば、世界中の70億人がアメリカ人と同じくらいの裕福なエネルギーを使えるようになる。」
■マーケティング的に興味のあったこと。
「新しい技術にいれ変わればマーケットは拡大」
以上。

事実と解釈

2009年6月2日 火曜日

番組で手に取っただけで銃刀法違反容疑、びわ湖放送を捜索

このニュースで考えるべき点は2点。
1、銃の取扱い
2、視聴者に誤解を与える報道
「1、銃の取扱」については、
猟銃を管理している人の非を正すべき。
許可されれれば何をしていいわけではなく、
ルールは遵守しなければならない。
銃は触っただけでも発射されることがあるというような認識があったかどうか。
空砲であったとしても、あってはならないと感じる。
「2、視聴者に誤解を与える報道」
視聴者は「触るだけなら大丈夫」のような認識を与える。
ここから、触ってみたいと思う人もいるかもしれない。
最近では、字幕テロップなどで、注意書き(たとえば、「特別な許可を得て行っています」)を行っているが、視聴者が、謝った認識をもつ可能性を考えてほしい。
特に、銃など、犯罪に直結する行為であればなおさら。
個人的には、影響力が大きいテレビ局などには厳罰があってしかるべきと
感じたのだが、ニュースの見出しからは、
「たったこれだけで、捜索されるの?」みたいなニュアンスを感じ取れる。
事実に対して、情報を与える人の解釈が加えられていると感じる。
テレビ局が、事実を伝えるとは限らない。
事実には、情報を与える人の解釈が伴って伝わることが多い。
そして、その解釈を事実として受け取った人がさらに解釈を加える。
マスコミが情報を伝える場合、この解釈と事実をはっきり区別した形で情報の伝達が行われるべきではないかと感じている。
影響力が大きいのだから。