matsuyuta's Room

データの活用を考える

       
  • 2008年 12月 18日 · カテゴリー: 日記;
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    ぱっと思いついた言葉です。書店では、「2009年はこうなる」的な本をみかけるようになりました。2008年は、原油高騰、リーマンショックと予測不能な出来事が起き、世間の様相がえらい変化した年になりましたが、こんなこと誰も予測してないですよね。これだけ変化してしまうとデータ、情報にも、アッというまに陳腐化してしまうものでてきて、これからの時代、データ、情報、知識がどんどん生まれては消えていくことになり、人間に超高速対応が求められるのかもしれません。一方で、どんな事象にも対応できる法則みたいのがウケルかもしれません。宗教、スピリチュアルを完全否定するわけではないですが、バランス感覚をもって取り入れたいと思います。

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  • 2008年 12月 18日 · カテゴリー: データ、情報との付き合い方;
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    データ、情報を受け取った時、明らかに疑わしい時は「ほんとかよ?!」と信じなかったり、信じるに足る根拠を得ようとすると思います。その情報に対して、あまり違和感がなかったりすると「ふ~ん」と聞き流したり「そうなんだ」と納得することもあると思います。この「ほんとかよ?!」「ふ~ん」「そうなんだ」の受け取り方の違いってなんだろうと考えたことはありませんか?ほとんどの場合、その受け取り方は、その個人によって違ってきます。個人の基準、自分のものさしによってその情報が処理されます。ただ、情報の受け取る手段によって、たとえば、テレビ、本などから得る情報は、その伝える側(編集者)の演出が加わることが多く、伝える側の基準、つまり、伝える側の意志、を知らず知らずのうちに取り込んでいることで、自分の基準で情報を処理すること、考えることを放棄することになりかねません。
    私が、データ情報を受け取り、自分で処理をするときのポイントを、以下に3つ記します。
    ①論理思考、水平思考
    水平思考は聞きなれない方もいらっしゃるかもしれませんが、最近、本屋さんで著作が目立ってきた勝間和代さんの著書などには結構取り上げられています。簡単に説明するのは難しいのですが、お昼のテレビ番組「ごきげんよう」のサイコロトークで考えると、なにがでるかな、なにがでるかなとサイコロを転がしているのが水平思考で、「情けない話」の目がでて、その話を筋道をたてて話していくのが論理思考です。・・・余計分かりにくかったりして。
    ②視点
    「ようは、気の持ちよう!」物事は見方ひとつで違った形にみえるもんです。最近、派遣切りのニュースがよく流れます。企業の視点では、派遣社員の解雇はコストカットとなり、企業の利益のためになるかもしれません。今度、社会という視点を考えると解雇された社員は、モノを買うことができず、経済は不安定になるし、社会保障は増えるけど、それを負担する人がいないため、結局は企業が負担をしなければならなくなるのではないでしょうか?この問題は、短期ー長期という視点でみるのも重要ですね。
    ③バランス
    中立とか真ん中とか言う意味ではありません。自分の意志、価値観、基準によっって、優先順位をつけたり、重要度をはかったりすることです。「戦争は正しい」という情報に対して、そういう意見もあるよね、逆に「正しくない」っていう意見もあるよね、ということではないんです。自分の価値観をもって「誰がなんと言おうと戦争は正しくない」ということで「戦争は正しい」という情報は間違っていると判断することです。情報はすべてを数直線上にならべられるわけではないです。私自身、数直線上にない情報のほうが価値があると考えています。だから、「多数決の大多数」や「平均」といったことではないバランスではなく、自分の価値観によってそれぞれの情報に重み付けをすることをバランスと言っています。
    ①から③ですが、ひとつにまとめればまとめることができるのですが、3段階で考えるとなんかうまく考えられる気がしています。

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